チビチリガマ破壊犯人の少年4人の学校や名前や顔写真は?動機も気になる

皆さんいらっしゃい。

沖縄県中頭部読谷村波平にある鍾乳洞(ガマ)=チビチリガマが荒らされるという悲しい事件がありましたね。

ここは1945年、太平洋戦争で沖縄戦における集団自決が行われた場所として有名でした。

そのような場所で折り鶴や遺骨などが荒らされるというのは

ちょっと幼稚な犯行ですよね。

どうやら犯人は16歳〜19歳の少年4人組だったということです。

沖縄県民でありながら、あまり歴史について理解されていないのでしょうか。

彼らについての記事になります。

 

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チビチリガマ破壊犯人の少年4人の学校や名前や顔写真は?

「チビ」は尻、「チリ」というのは、「切る」を意味します。

チビチリガマは浅い谷の底にあり、谷底を流れる細い川が最後はどこに流れるのかわからないということで

「ガマ」にはこの名前がつけられています。

元々は防空壕として地元の人たちの隠れ蓑となっていました。

アメリカ軍が1945年4月1日にガマに到着した際、警防団の団長は銃を持つ日本兵で

団員は13〜15歳までの少年で構成されていたとのこと。

兵隊といっても、若いのですね。

チビチリガマへは、総人口194名のうち、139名が入り、自決者数は82名。

その過半数が子供だったと言います。

元日本兵に、「出て行けば殺される」と教えられたため、

「アメリカ兵が安心して出て来なさい」といったビラやチョコレートを送るも

誰も信じるものはいなかったそう。

ガマ内で火を炊き、煙で集団自決は行われました。

煙で苦しむよりは、出ていって撃たれよう。そう思いガマから出たものは命が助かったのだと言います。

犯人は16歳〜19歳の少年たちで、未成年ということで名前や顔写真は伏せられています。

高校へは通われているのか定かではありませんが

読谷村で該当する学校は

読谷高等学校というところ。

偏差値は45ですが、沖縄県内では比較的平和な高校のようです。

う〜ん、ちがうかもしれませんね。笑

と思って調べてみたら、

逮捕されたのは、いずれも本島中部在住の無職や型枠解体工の少年4人

とあります。

学生さんではないんですね。

 

チビチリガマを破壊

実は過去にも、1987年に右翼団体員によって破壊され

1995年に再建されています。

今回、2017年は以前よりも派手で

ガマの入り口の看板が引き抜かれ

「世代を結ぶ平和の像」の石像も破壊されて、ガマの中の瓶やツボは破壊されて散乱し

中高生らによっておられた千羽鶴も引きちぎられている状態だったとのこと。

遺骨が集められている部分も荒らされていました。

 

チビチリガマ破壊犯人の少年4人の動機も気になる

地元の村長は、少年たちの犯行であることに驚きを隠せない様子。

「容疑者が少年だったことに衝撃を受けている。

歴史の風化が叫ばれているが、それがここまで来たのかという思いだ」

引用:毎日新聞

動機は、

  • 心霊スポットに行こうと思った
  • 肝試し

 

などと話しています。

やっていいことと悪いことがあります・・・。

破壊行為には棒などを使ったとのこと。

4人の少年たちの他にも仲間がいたようで、「やるな」と止める人物もいたとのこと。

みんなの声


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